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結婚

彼女がまた結婚したという。

これで何度目なのか……。

この間、結婚したばかりじゃない、と私。

そんな昔のこと覚えていないわ、と彼女。

彼女は自分の肉体が千年も前に朽ち果ててしまったことすらもう覚えていない。

彼女はひたすら結婚し続けるのだ。

もはや人とモノとの区別も付かず、老木の枝を手折って己が夫であるという。

(終)

テーマ : ショート・ストーリー - ジャンル : 小説・文学

陽と月

二人の少女がいた。

見かけはどこにでもいる一人の少女。

だけど、この少女には独立した二つの脳があるのだ。

少女たちの名前は、陽子と月子。

彼女たちは稀有な畸形としてとある国立の研究機関に生まれてこのかたずっと入所している。

ある日、彼女たちの主治医が言った。

「陽子と月子の分離手術を受けないか」

と。

具体的には、どちらかの脳を取り出し、脳死状態の子どもへその脳を移植するというものだった。脳死状態の子どもの親はこの手術に同意したとのこと。陽子と月子の同意が得られれば、すぐにでも手術に取り掛かりたいそうだ。

陽子と月子はもちろん同意した。二人は生来ひとつの体を共有している。時には自分の意思にそぐわない行動を取らなければいけない。そして、脳の切替も(つまり、どちらの脳が今、自分の体を支配できるのかという選択も)、二人の自我の芽生えに伴い、肉体的な苦痛を伴う作業となってきていたのだ。

が、問題はどちらが今の肉体から出ていくかということだった。

陽子も月子も今の肉体に留まりたいと主張した。

頑なな二人に主治医が言った。

「脳を移植するのは、つまり今、脳死状態となっているのは大資産家の子どもで、彼女の親は移植手術が成功したら、ぜひともその子を引き取り自分たちの子どもとして育てたいと申し出ているそうだ」

それを聞いた陽子の顔がぱっと明るくなった。

「じゃあ、私がそっちに行くわ」

と。

二人は孤児だった。二人の畸形を知った両親は彼女たちを置いて姿を消してしまったのだ。今の肉体に居続けるということは、孤児でい続けるということだった。

陽子は肉体に残って孤児という運命を引き受けるよりも、大金持ちの子どもとして何不自由なく暮らすほうが「アタリくじ」だと思った。

これで二人の分離手術が決まった。

時を置かずして、二人は手術に向かうことになった。なにせ相手は脳死状態だ。体にまで死が侵食する前に一刻も早く生きている脳を迎え入れなくてはならない。


* * * * * * * * * *


次に月子が目を覚ましたのは、いつもと変わらない自室のベッドの上だった。

変わったのは自分の中に陽子がいないこと。月子は自分の脳の右半分にぽっかりと空洞ができているような感覚をおぼえた。

主治医は月子に、

「術後の一時的な神経の誤作動だ、すぐによくなるよ」

と言った。月子はそれから、陽子のことを主治医に尋ねた。

「陽子の移植手術は成功したの?」

主治医は頷いた。

「ああ、大成功だ」

月子は安堵の表情を浮かべて、

「陽子に会える?」

と訊いてみた。

主治医はちょっと困ったような顔をすると、

「それは出来ないんだよ。彼女の両親の希望なんだ。陽子には今までのことを忘れて、自分たちの子どもとして早く新しい生活に慣れてほしいのだそうだ」

と言った。

「陽子の幸せのためだものね。わかったわ」

月子はそう言うと、うとうととまた眠りについた。



* * * * * * * * * *



陽子と月子。

一つの肉体を共有して生まれてきてしまった二人。

離れ離れになった二人が偶然の再会を果たすのは、あの手術から二十年も後のことになる。

研究機関を出て、主治医夫妻の養女になった月子は、それから医学の道を志し、今では某大学病院で研修医をしている。

今の自分になんら不満はなかったが、ただ医学の道を進むにつれて、一つだけ絶望的な確信が月子に芽生えていた。

今現在の最新の医学をもってしても、脳の移植手術は不可能だということ。

あの時、移植手術を提案したのは、自分たち二人の同意を取り付けるための義父の方便だったのではないか。

今でもどこかで陽子が生きている可能性はほぼないのではないか。

そんな彼女がその日、大学病院の地下にある資料室に足を踏み入れたのは、単なる偶然だったのだろうか。天井まで続く棚には無数のホルマリン漬けにされた人体標本が置かれていた。

その中には、「陽子 10才」というラベルが貼られた脳の標本を見つけたのだ。二人が離れてから二十年後のことだった。

「ひどいハズレくじを引いちゃったわね、私」

月子は自分の脳内で共鳴する陽子の懐かしい声をそのとき聞いた。


(終)
* * * * * * * * * *

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愛する姫と愛される姫の話

とある国の王と妃に双子の姫が生まれました。

双子の姫は、どちらも同じように美しく、愛らしい姫でした。

姫が生まれた日の晩、ひとりの魔女がお祝いにやって来ました。

生まれた姫に贈り物を持ってきたよ

と、魔女は王と妃に言いました。

王と妃は喜んで魔女を招き入れました。

王が魔女に尋ねました。

それで一体あなたからの贈り物は何なのでしょう。

魔女が言いました。

わしは生まれてきた姫に「愛」を持ってきたのだよ。姫が大人になったとき、誰かを愛し、そしてその誰かから愛されるようにだ。

妃は言いました。

なんて素敵な贈り物なんでしょう!! さあ、こちらに来て、姫たちにその素敵な贈り物をあげて頂戴。

魔女はずかずかと姫たちの寝ているベッドのほうに行き、そっと天蓋をめくり中を覗きました。

おや! なんということだ!!

魔女は叫びました。

生まれた姫は双子だったのかい?  困ったことに、わしはひとつの「愛」しか持ってきておらんのだ。

それを聞いた妃が言いました。

どちらの姫も私には等しく大切なわが子です。だから、ひとつしかないのであれば、どうか仲良く半分ずつ分けてあげてください。

魔女は仕方なく「愛」を半分にして、双子の姫のそれぞれに贈りました。

ひとりの姫には愛される「愛」を。

そして、もうひとりの姫には愛する「愛」を。

仲良く半分ずつ贈ったのです。

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小さなベッドですやすや寝ていた双子の姫たちも今ではもう恋をする年頃になりました。

そんな姫たちの前に隣の国から王子がやって来ました。

愛する「愛」を魔女からもらった姫は、一目見てすぐに王子を愛するようになりました。

愛される「愛」を魔女からもらった姫は、一目見てすぐに王子から愛されるようになりました。

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愛する「愛」を魔女からもらった姫は、自らの愛が叶わないことを嘆きました。いえ、それ以上に、愛する王子の愛が叶わないことを嘆きました。

そして、自分たちへ「愛」を贈った魔女の元へと行くことにしました。

愛する「愛」を魔女からもらった姫が言いました。

私の愛する王子を悲しみから救うにはどうしたらよいのでしょうか。

魔女は言いました。

わしはひとつの「愛」をお前たち二人に半分ずつ分け与えた。王子の愛を叶えるには、その分かれた「愛」を元通りにすればいいのだ。

だが、「愛」を元通りの形にするにはお前の命をいただかなければならない。それでもいいのかね?

姫は言いました。

それで、王子が幸せになれるのなら。私は命も惜しみません。

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愛される「愛」を魔女からもらった姫は、もうひとりの姫が亡くなったことで、愛する「愛」も得ることができました。

それまで王子からの求愛を鬱陶しく思っていたのに、王子のことを考えると夜も眠れなくなるほど、彼を愛するようになったのです。

夜も眠れなくなるほど……。

そうです、何日も何日も眠れない日が続きました。そして、ついに愛される「愛」と愛する「愛」の両方を得た姫もまた魔女の元へとやって来たのです。

魔女の家にたどり着くなり、姫は叫びました。

こんなに苦しいものはもう要らぬ。とっとと私から「愛」を持っていっておくれ。

魔女はため息をつき、そしてしぶしぶその姫から「愛」を取り去ったのでした。

                                         (終)
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よもつひらさか

なぜ、伊邪那岐(イザナギ)は黄泉国で伊邪那美(イザナミ)の姿を見て逃げ出したのだろう。愛していれば、生きていようと死んでいようと、新鮮であろうと腐っていようと、蛆が湧いていようといまいと、構わないじゃないか。

結局、伊邪那岐にとって伊邪那美は運命の人じゃなかったんだ。伊邪那岐も伊邪那美も本当は愛し合っていなかったんだ。所詮、この国の始まりなんてそんな適当なものさ。

けど、ボクは違う。ボクには本当の愛がある。

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彼女は1か月前に動かなくなった。以来ボクはそんな彼女の傍を片時も離れはしない。彼女は動かないけど、彼女は変化しつづけているのだ。彼女は変化することで精一杯ボクの愛に応えようとしてくれている。だから、ボクはその変化から目を離さない。

彼女が腐りだしたのは動かなくなってから3日目。それまでの彼女はただただ深い眠りについているようだった。まるで今までのことは冗談と言わんばかりに起きてきてボクに悪戯っぽいまなざしで微笑みかけてくれるものだと信じていた。でも、彼女はいつまでも起きなかったし、代わりに腐ってきてしまった。

腐りかけのころは、いっそこのまま食べてしまおうかと思った。けど、やめた。ボクは彼女を愛しているんだ。純粋に愛している。それは決して征服欲ではないんだ。

いつしか腐敗は彼女の身体から飛び出して、ボクとこの部屋のすべてを支配下に治めた。鼻を突くような悪臭。ボクはこのまま彼女を土に埋めてしまおうかとも思った。けど、やめた。悪臭は彼女の愛の証だということに気がついたから。動けない彼女はどうやってボクの愛に応える? ボクは自分がもし動けなくなったら、ありとあらゆる手段を使ってボクの存在を、いやボクの愛を彼女に伝えようとするだろう、と考えた。そうだろ? 彼女はもはや悪臭を発することでしかボクに語りかけられないのだから。

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だが、ここへきて、ボクはどうしても外に出なきゃいけない用事ができてしまった。彼女をひとり腐らせておきたくはないが……。ここでボクが社会性を放棄してしまったら、彼女とボクとのこの生活も危ういものとなってしまう。それを避けるためにも、どうしても半日だけ外に出て、万事上手くいっていることをアピールしてこなきゃいけないのだ。

ほんの半日だけ。ボクは彼女を部屋に置いて外に出かけた。

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ボクは、確かに彼女を愛している。でも、今どうにもこのドアを開けて中に入っていくことができない。しばし外の空気を吸ってしまったことがボクの彼女への愛まで薄めることになってしまったのだろうか? いや、違う。ボクは……、こうして今部屋の前まで戻ってきているじゃないか。むしろ、このドアの前に立つまでは一刻も早く彼女の待つ部屋に入りたかったんだ。

つまりボクは彼女が一人きりで腐っているこの部屋に明かりがついていることで、中に入るのを躊躇しているのだ。ボクが消し忘れた? いや、ボクはこの1か月、明かりをつけずに過ごしてきた。だから、この部屋の明かりをつけたのは誰か別の人間なんだ。この部屋の中にいるのは彼女だけ。でも、彼女は腐っている。まさか、彼女が今さら起き出したとでもいうのか?? あんなに腐っているのに、だ。

おい、待て! じゃ、なにか? ボクは生きている彼女を愛した、死んでいる彼女も愛した、腐っていく彼女も愛した、ただただ横たわっていて何もできない彼女も愛している。でも、仮に彼女が明かりをつけたとして、腐っているのに起きて明かりをつける彼女は愛せないとでもいうのか?? 

まさか、そんなわけないだろう。ボクの愛は本物だ。ボクはいかなる彼女でも愛するのだ。そうだ! なにを恐れているというのだ。

ボクはドアノブに手をかけた。と、その瞬間、ドアノブが勢いよくぐるりと内側から回された。

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小動物の鳴き声のような叫び声をその男はあげたかと思うと、一目散に逃げていった。

突然のことにその部屋の住人は呆然と立ち尽くしていた。

今の誰?

今の人、上の階の人じゃない?

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後ろをふりむくな! 

後ろをふりむくな!

ボクは逃げるんだ。

ひたすら逃げるんだ。

何から?

決まっているじゃないか、本当の愛からだよ。

                                         (終)
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90年の孤独

男は言った。

待っていてくれないか、と。

女は、その言葉を信じて何年も何年も待つことになった。

美しい少女だったその女は次第に年を取っていき、ついには九十九(つくも)髪のおばあさんになってしまった。

それでも、男は来なかった。

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そんな毎日が繰り返され、これからもずっと繰り返されるのだろうと思われたある日のこと。

その男に似た若者が九十九髪のおばあさんの家の戸を叩いた。

若者は言った。

もしもし、私の曾(ひい)おじいさんの遺言でこれを届けに参りました。

若者は手にしていた硬貨がずっしりと入った袋をおばあさんに差し出した。

九十九髪のおばあさんは、もうほとんど見えない目を輝かせて言った。

おやおや、やっと持ってきてくれたんだね。

おばあさんはほとんど見えない目の代わりに、手の腹の感触で硬貨を数えはじめた。

なんとも手際よく硬貨を数え終えると、九十九髪のおばあさんは皺くちゃの顔にますます皺を寄せて言った。

なんだい! これじゃ元金分しかないじゃないか! 私はお前さんの曾おじいさんに年一割の金利でお金を貸したんだ。ここいらでそんなに安く貸すところは私くらいなんだよ。貸したのは500リングだったから、一年後には550リング、2年後には605リング。80年経った今では1,024,200リングだ。

そんな大金を持っているはずもない若者は、仕方なくおばあさんの家業の金貸しを手伝ってお金を返すことにした。

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哀れな若者のその後はというと。

若者はなかなか働き者だったので、おばあさんの信頼を得、しばらくして家業を継ぐことになったという。

それは、あの日、恋人たちが再会の約束をしてから90年後の話。

それからすぐに九十九髪のおばあさんは、若者とその妻子に見守られながら、静かに息をひきとった。

それでもう、二人の悲しい恋を知っているものはその街に誰もいなくなった。

                                         (終)
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